美術

「Огонёк Natasha」網代幸介

「この小さな本はナターシャという1人の女性が残したものである」 リトルプレスを主宰していた サムという人物の残された日記の中に 登場するナターリアと呼ばれていたかもしれない女性が 自ら描いたというその一生の絵の記録。 「しかし確証は何もない」姿…

日本のアニメーション

あいうえお順、 思いつく限りの 印象に残る10の 日本のアニメーション です 1 「風立ちぬ」宮崎駿 2013年 www.youtube.com 2「カフカ 田舎医者」山村浩二 2007年 www.youtube.com 3「くもとちゅうりっぷ」正岡健三 1943年 www.youtube.com 4「この世界の片隅…

『名作誕生-つながる日本美術』

「影響」というのは美術批評における呪いの言葉だ。 との バクサンダールの言葉が図録に引用されていましたが、 独自にそのモデルから発展しながら、 「結局、狩野の枠を超えることはできない」 また 「宗元画の様々なテクニックにはとても及ぶものではない…

プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光

画家となった神が描く、 キャンバスに浮き上がる聖母マリア、 磔のキリストを前にして絵を描くスルバランの肖像、 聖骸布に写されたものとしての キリストの顔を表したグレコ。 スペイン絵画は、それ自体が聖なるものの 顕現の技芸であることを 400年前から…

ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより

「肉体こそは油彩画が考案された理由である」 との、デ・クーニングの言葉がカタログにありました。 身体そのものを様々に「捉えよう」とする 試みの歴史は、 改めて絵画が単なる図像にとどまらないものであることを 19世紀アカデミー絵画からすら感じさせら…

小村雪岱随筆集

「正直な話、私は別に苦心して描いたものもなければ、 また今までに格別に苦心した経験もないのである。 そんなわけで、一事が万事、 自分は甚だつまらない人間だと常に考へている。」 新編雑感で小村雪岱はそう述べています。 「鏡花先生」との出会い、 舞…

アートはサイエンスⅡ -Art is ScienceⅡ -

「実験的行為の本質をジョン・ケージは 「結果が予知できない行為のこと」と定義した」 と、その解説にある様に、 ケージやフルクサスの作品群から、 5億年後の生物をシミュレーションした 川口洋一郎、 人工神経回路網が自動生成する絵画を描くマイク・タイ…

アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝

クルアーンの丹念な意匠、 カァバ神殿の扉、 さらに遡り、 中世の様々な墓碑、 黄金の品々が アラビアンナイトの幻をも 思わせます。 アブドゥルアジーズ王の剣と衣服は 「アラビアのロレンス」のファイサル を思い出させてくれる一方で、 中世に作られた黄…

神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展

ハンガリー、ボヘミア、ローマの王、オーストリア大公であり、神聖ローマ帝国皇帝だったと云いますルドルフ2世。 クンストカンマーに陳列されていたというサーフェリー、フュルハースト等 今回、知られざる画家たちの展覧会でもあり、 その他、 キルヒャーに…

ルドンー秘密の花園

不確かなものの傍には確かなものを置いてごらん、と、コローはルドンに言ったそうです。 不確かな背景に置かれた花、その中に潜む顔、微生物に関心を寄せ、見えないものを映し出さんとする画布。 「夢の中で」と題された連作が表すように夢の中に在る表。 そ…

ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜

「トマス・モアは著作「ユートピア」の冒頭に この地を選んだ」 というアントウェルペン、 その地で「第二のボス」と当時 語られたピーテル・ブリューゲルの最初の記録は 刻まれ、 「多くの人から おどけ者のピーテルと呼ばれた」。 その子達、「ビロードの…

生誕150周年記念企画展 南方熊楠-100年早かった智の人-

「君は知らんだろうが、欧米では競ってエコロジーを研究しておる」 ある時、 県庁の役人に対して、熊楠はそう言いました。 「昼間は主として変形菌を顕微鏡で見ながら 記載の仕事を続け、 夕方から夜にかけて茸の写生と自分で決めて いるようだった」 と長女…

特別展「古代アンデス文明展」

「彼らの大部分は 死者たちミイラに仕えていて、 毎日それを広場にかつぎだし、 それぞれを古さに従って、きちんと並べ そこで男女の使用人たちが飲み食いした」。 スペインから訪れたピサロはその驚きを 綴っています。 ミイラとして生きながらえることで、…

「《地獄の門》への道―ロダン素描集『アルバム・フナイユ』」

「私は一年の間、ダンテとともに生きた」 と後に語るロダンが 「地獄篇」「辺獄」、「習作」それぞれの セクションの中で 後に一つの形に結実する 多様な身体、神話と空想、キリスト教、生活と死 が紙片に描き続けられます。 1897年に「アルバム・フナイユ」…

北斎とジャポニズム

Edit 日本かぶれのナビ、と呼ばれたボナール、 コルサースの山をフジヤマとして見ていたモネ、 ペルーの野蛮人によって描かれた全く日本的なもの と自作を呼んだゴーギャン、 「日本人の作品をよく見てみたまえ。 私はある物のイリュージョンを与えるもの か…

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

「日本美術を研究すれば、もっと楽しく、もっと幸せになるに 違いない」 とゴッホは手紙に記しました。 渓斎英泉の驚くような細やかな図柄、 広重の気品、爪に例えられた北斎の波、 アルルに着くと、「もう日本に着いた」と 感じたそれらをゴッホは写し取り…

表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち

「私の考えでは、ヴィジョンが内的であればあるほど、 それだけよりいっそう、 自然に頼ることになるのです」 ルオーはキリストの絵などで知られていますが、 ここで見られた様々な形は、 時に不完全にも見える探求こそが あたかも建築のようでもある、絵画…

シャガール 三次元の世界

「形態は事故になる」 「眠れない夜、人はその事故について考える」 とシャガールが語るように 改めて見たシャガールの絵画と、初めて見る 壺や皿、彫刻は 20世紀初頭のアヴァンギャルドやキュビズムの流れを 保ちながら、それらがノスタルジーの中にあると…