Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

昭和テレビの映画。

 

子供の頃、映画を最も多く見る機会は、毎日夜9時ごろから始まる

洋画劇場でした。

ネットはおろかビデオもなかった時代、家で見るにはリアルタイムに

夜9時に見るか、出なければ土曜などの午後での放映を待つしか

ありませんでした。

 

この土曜の午後の放送は、今のテレビ東京で毎日放映されている

昼の映画劇場の前身、と言えるものです。

多分、放送の形態として今と昔をつないでいるのは、このテレビ東京

番組だけかもしれません。

 

ただ残念なことに、今のテレビ放映は、特別なものでない限り、

映画解説というものがつきません。

昔は必ずと言って良いほど、特に午後9時からの放映には

解説者がついていました。

日曜日の淀川長治を始め、水曜の水野晴郎、月曜の荻昌弘

他に小森和子など、当時の「スター」とも言うべき映画評論家が

それぞれ独自の解説を行い、名文句も生まれました。

 

解説が必要だった理由は、それだけ当時は他に情報を伝える手段が

なかったことと、その頃は毎日のように放映される映画は

新しいものが半分弱で、大半は古い映画だったこともあります。

3分くらいの間に話される、

古い映画のスターや時代背景などの紹介によって、視聴者は

自然と映画史を学んでいたのでした。

 

いったい何度、「黄色いリボン」や「史上最大の作戦」のような

映画を目にしたことでしょうか・・

当然ながらこの時代、洋画をこの午後9時からの放映で初めて

見た、という子供は多かった、と言うよりほとんどだったと思います。

家では毎夜、そうして映画を見ていたものでした。

そしてこれは当時はごく普通のことだったのです。

 

なぜなら当時のテレビは、今と違い、ニュース番組など

ほとんどなく、バラエティも限られていたからです。

夕方五時から8時まではほとんどアニメか特撮、学園ドラマ、

そして野球だけが放映されていて、

8時からはプロレスやトーク番組、音楽番組、そして

9時からは毎日、必ずどこかのチャンネルで映画が放映されていました。

 

そしてこの頃は、日本映画が放映されることは滅多にありませんでした。

当時、「映画」と言えば、洋画のことだった・・ようです。

 

例外的に黒澤明映画が全作品テレビ放映、というニュースが話題に

なったことがありました。しかしこれも大半は深夜の放映だった

と思います。当時、禁止用語だった「白痴」がテレビ放映されたか

どうか・・多分、されなかったと思います。

 

NHK教育テレビでも、今は音楽や芸能番組を放映している

日曜の夜の時間帯は「名画劇場」として、古い映画を毎週放映

していました。そしてこれだけが吹き替えではなく、字幕だったので、

貴重な放映でした。

 

・・こうしたテレビ放映がなくなっていったのは、

一つにはヴィデオの普及があったことと、また一般的に新旧含めて

映画そのものが注目されなくなっていったこと・・恐らくは

90年代頃がその境だったように思います・・、で、視聴率が

取れなくなったこと、もう一つは全盛期の解説者が引退されたこと、

また後の世代が続かなかったこと、などが挙げられると思います。

 

 日々、当たり前のように古い名作が放映されていた

 この時代、それはそれで貴重な時だったように思います。